親を今、無事老人ホームに入れることができた。慌ただしかった入居手続きや金銭の工面、しぶる親を説得するのは本当に辛かったけど、やっとここまで持ってきた―。そんな感慨を抱いている人は少なくないかもしれません。
とは言え、それはゴールではなく、親にも家族にもいわば新たな生活のスタートライン。その一区切りとして例えば老人ホームへ感謝の手紙を出すことは、これから始まる関係づくりの良好な出発点になるでしょう。
感謝の手紙、何をどう書けばいいの?
感謝の手紙といっても、実際に何を書けばいいのか戸惑う場合もあるかもしれません。そこはあまり儀礼的に考えすぎないことが大切です。まずは「ありがたい」と実感したことを、思いつくまま書き出してみましょう。例えば、ホームを見学に行った際に、職員の方が丁寧に施設内を案内してくれたこと、煩雑な手続きをわかりやすく教えてくれたこと、親をホームに預けなくてはならなくなった事情を親身に聞いてくれたこと、親にやさしく接してくれたこと等、何でもいいのです。
通り一遍のお礼の言葉より、そういった個人的なエピソードの一つひとつに「ああ、本当にありがたかった、助かった」という心からの実感が込められていれば、たとえ内容は少々稚拙でも、受け手には大きな感動をもって伝わっていくはずです。
手紙の力は想像以上
感謝の手紙は受け取り手、特に親を直接担当してくれている職員にとっては、とてもうれしいものです。介護の現場は、早番、日勤、遅番、夜勤の交代制。
重労働の割に報酬は決して多いとは言えず、モチベーションを維持するのにプロとしての強い信念が必要な職場と言われています。さらに、認知症の入居者も受け入れる施設では、気の抜きどころもなく、ストレスもかなりたまる環境の中で、引き継ぎ時に要する事務仕事もこなさなくてはなりません。
そんな時、実際に自分の仕事が誰かに感謝されるということが具体的に伝われば、日々の励みになるとともに、仕事への大きなやりがいにつながっていくのです。
書くことで生まれる親への気持ちの整理
感謝の手紙は、書き手にとっても自分と親の関係を見つめ直す時間を与えます。親を老人ホームに入居させることには、家族の中でも少なからず葛藤があったかもしれません。「田舎に一人で住まわせておくのはもう限界だった」「病気がちで家族だけでは世話をしきれなくなった」「認知症が出て手に負えなくなった」など、入居に至った経緯にはさまざまな理由が考えられます。
一方で、その裏にこの入居が今まで一生懸命に育ててくれた親にとって、本当にベストな選択だったのかどうか、という煩悶は入居が終わった今も家族の心の中につきまとっているかもしれません。老人ホームという新たな環境中で大切な親の介護を託す施設のスタッフに感謝を伝えることは、その気持ちを整理する上では避けて通ることのできない必要な作業だとも言えるのです。
ホームの運営面でのメリット
もう一つ忘れてはならないのは、老人ホームが施設を運営していく上でのメリットです。企業であれば顧客満足を図ることは経営上の必須項目ですが、顧客に当たる入居者の満足度をどう探っていけば良いのか、高齢者施設という性質上難しい面があります。
その際に、家族から送られてくる感謝の手紙は、それを探る大きなヒントにつながります。例えば、先に挙げたように、ホームを見学に行った際の職員の対応が良かった、煩雑な手続きをわかりやすく教えてくれた、親をホームに預けなくてはならなくなった事情を親身に聞いてくれた、などが感謝の言葉として記されていれば、その点をさらに強化するよう戦略が立てられますし、こうしてもらえればもっと良かったというような点、例えば「もう少し職員の人が声かけをしてくれたらありがたい」とか「親しみをもって話してくれるのはいいけれど、子ども扱いしすぎるのはあまり喜ばない」など書かれていれば、改善点として生かすことができます。
なお、多くの場合、年に1回は老人ホームの運営懇談会が開かれ、その場でこういった意見を出すこともできるのですが、感謝の手紙に記されていればタイムリーに伝わりますので、即時対応が図れるメリットもあると言えます。
時には実際に足を運んで
感謝の手紙は一度書いて終わりというものではありません。老人ホームに親が入居したということは、ホームというこれまでになかった生活の軸を中心に、親と家族そして施設の関係が改めてスタートし、日々新たな毎日が積み上げられていくということです。
半年後には半年後の、一年後には一年後の生活のなじみ方が見えてくるかもしれません。健康状態や日常の活動も年を経るごとに変化してくるはずです。その都度ごとに施設は新たな対応を取り、家族にとっては初めてその対応を目にするケースも増えていくことでしょう。
ですから。時には施設に足を運び、親の満足度を確認しながら、職員スタッフの人たちに直接感謝の言葉を伝えることが大切ですし、新たな気付きを文章に整理して感謝の思いを込めて都度都度手紙を出していくということが必要になります。
例えばこんなふうに感謝を伝えてみては
拝啓時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。この度は母〇〇が御施設でお世話になりありがとうございます。特にご担当の●●様には本当に良くしていただいて心から感謝しております。入居いたしましてから3カ月が経ちまして、先日母の様子を見に参りました際、笑顔で私を迎えてくれたことが何よりうれしく感じました。
ご承知の通り、入居の際には「今すぐ荷物をまとめて帰るから」と幼子のようなわがままを申し、本当に手が付けられませんでしたのに、●●様はじめ職員のみなさまが嫌な顔一つされず、気長に母のわがままを聞いてくださり、何とか落ち着かせることができたのを思い出すと、今も顔が赤らむ思いであるのと同時に、よくぞ見捨てないで面倒を見ていただいたと感謝の気持ちでいっぱいでございます。
母は連れ合いをなくしてからこのかた、身内は私一人となりまして、遠く一人にしておくのも不安がありました。その上、認知症の気配も出始めましたため、こちらに連れて参りはしましたが、やはり同居はできず、御施設に相談したところ、親身に話を聞いていただいたことが大きな救いでございました。
正直、施設に預けるのは、母を捨てるようで悩んだのは本当でございます。でも、●●様のお人柄に接するうち、そのような懸念がなくなり、涙が出るほどほっとしたのを思い出します。これから何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうか母のことをよろしくお願いいたします。
取り急ぎ感謝の思いをお伝えしたく、乱筆乱文で失礼いたしました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。敬具